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最高裁判所第三小法廷 昭和22年(れ)218号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人時田至上告趣意書第一點は「本件ノ強盗被告事件ニ付キ第一審裁判所ハ辯護人瀬戸藤太郎ヲシテ辯論ヲナサシメタルコト昭和二十二年七月廿二日ノ公判調書ニヨリ明ナリ、然レドモ右辯護人ハ官選辯護人ナルヤ又ハ私選辯護人ナリヤ記録上明ナラズ即チ被告人ト辯護人トノ連署ニヨル辯護屆ノ提出ナキヲ以テ私選辯護人ニハアラザル樣ナリ、サレバ官選辯護人ナリトスレバ其ノ選任ヲ證スル選任書ナルモノ一件記録中ニ見當ラズ、大凡或辯護士ニ辯護ヲ命ズル場合ニ裁判所ハ必ズシモ選任書又ハ其控ヲ記録ニ留メ置クベシトノ法律上ノ要求ナキガ如シト雖モ選任アリタリ哉否ヤヲ記録ニ留メ置カザル以上何時如何ナル辯護士ニ辯護ヲ命ジタル哉明カナラザルヲ以テ刑事訴訟法上少ナクトモ右選任書又ハ其控ヲ記録中ニ留メ置クベキモノト信ズ、選任ノ事実不明確ナル本件ノ場合ニ辯護士瀬戸藤太郎ナルモノガ果シテ辯護士ニシテ又選任セラレタル哉不明確ナリ、右ノ如ク辯護屆又ハ選任書ノ添付ナキ本件ノ訴訟手續ハ法律上ノ違背アルモノト信ズ」というのである。

記録を調べて見ると、第一審裁判所においては、辯護士瀬戸藤太郎に對し、被告人東清に對する強盗被告事伴について昭和二十二年七月二十九日法廷に出頭すべき旨の辯護人召喚状を送達しており右瀬戸藤太郎は辯護人として右事件の公判廷に出頭し、被告人東清及び相被告人楢本年廣、同高木薫のために辯論しているのであって、このことは、郵便送達報告書及び第一審公判調書からこれを知ることができる。しかし、被告人東清と右瀬戸藤太郎との連署にかかる辯護人選任屆も又第一審の裁判長が職權を以て右瀬戸藤太郎を辯護人に選任する旨の書類又はその寫等も記録中に存しない。しかしながら第二審裁判所において裁判長が辯護士笠置省三を被告人東清の辯護人に選任したことは、記録編綴の選任書の控によってこれを知ることができる。又右辯護人が被告人東清の第二審公判に出頭し、同被告人のために辯論をしていることは第二審の公判調書の記載上明瞭である。以上のやうに第二審の裁判所においては、辯護人の選任等において缺けているところがなく、その他の手續においても、法律上違反しているところがないから、たとえ、第一審の裁判所においてこれらの點につき、所論のような欠缺があったとしても、これを以て上告の理由とすることはできない。よって論旨はその理由がないといはなければならない。

同第二點は「被告人東清ハ中華民国山東省北京市西大白路二十六號ニ本籍ヲ有シ父ヲ東竜泄母ヲ東宗英ト言ヒ被告人モ東清(トン、チャイ)ト呼ビ共ニ中華民国人ナルト言フ、原審ハ被告人ノ日本ニ於ケル住居不定且本籍不分明ナルタメニ日本人トシテ取扱ヒ日本ノ裁判所ニ於テ裁判ヲナシタルモ井ハ正シカラズ、現在外国人(中華民国人)ニ對シテ日本ノ裁判所ニ於テ裁判ヲナシ得ザルコト明ナル場合ニ單ニ被告人ガ日本ニ於テ住居不定又ハ本籍地ヲ取調ベタルモ見當ラズトテ漫然被告人ヲ日本人ナリト看做シテ本件ノ如ク裁判ヲ下シタルハ不法ナリ、即チ日本人ナリヤ外国人ナリヤノ確定ハ一ニ国籍法ノ定ムル處ニヨルベキモノニシテ国籍法第四條ニハ日本ニ於テ生レタル子ノ父母ガ共ニ知レザルトキ又ハ国籍ヲ有セザルトキハ其ノ子ハ之ヲ日本人トストアリテ被告人ハ少ナクトモ日本ニ於テ出生シタリトノ證明ナク又父母共ニ外国人ナルヨリ見レバ母ガ日本人ナリトモ言ヒ得ズ、被告人ガ幼少ノ時、中華民国人タル父母ニ伴ハレテ日本ニ來リタルモ現在父母ハ終戰後中華民国ニ歸国シ被告人ノミガ日本ニアリテ住民ヲ定メ居ラズト言フニアリテ又日本ニ本籍ヲ有セザルガ爲ニ日本国ヨリ戸籍證明ヲ取リ得ズ又逆ニ日本人ナリトノ證明ハ一ニ戸籍簿ニ寄ルモノトセバ本件ノ被告人ノ如ク日本人トシテノ戸籍ナキモノヲ以テ日本人トシテ取扱スルコトハ難カルベク孰レニシテモ被告人ガ日本ニ於テ住居不定本籍不分明ナリトノ一事ヲ以テ日本人トスルハ早計ナリ、又被告人ハ公判廷ニ於テ自ラ日本ノ裁判ヲ受クルコトニ付キ異議ナシト答ヘ居ルモ外国人ガ日本ノ裁判ニ服スル必要ノナイ今日ニ於テ斯ル權利ノ抛棄ハ国際法上何等ノ効力ヲ認ムベキモノニアラザルノミナラズ被告人ハ外国人ト言フ立場ニ於テ其ノ權利ヲ抛棄シタモノデハナクテ日本人デアル樣ニ思ハルルカラ日本ノ裁判所デ裁判ヲスルト言フタノニ對シテ異議ハナイト述ベタニ過ギナイ、要スルニ被告人ヲ日本人ト看做シテ日本ノ裁判所デ裁判ヲ下シタコトハ違法デアルト信ズル、又原審ハ被告人ガ日本人デアルトノコトニ付テ何等ノ證明ヲシテ居ナイ」というのである。

原審の昭和二十二年十月八日の公判調書によると、被告人は、自分の本籍は中華民国山東省北京市西大白路二十六號で、父は東竜泄、母は東宗英といい、共に中華民国人であるが、自分の国籍が日本にあるか、中華民国にあるか判らない、自分は勾留されてから中華民国人の登録手續をしたが、中華代表團の方で調査の結果、判らないというので、その申請は却下された、本件で最初大阪の軍事裁判所に回されたが、駐日本代表團の方で私の身元を調べたところ、身元がはっきりしないというので、そこで裁判を受けることができず、大阪地方裁判所で裁判を受けることになった、という趣旨の供述をしており、又大阪地方檢察廳で被告人の国籍について、調査した書類が記録に編綴されているけれども、その調査の結果によっても、被告人の国籍が、中華民国にあり、その登録がなされているという事実が少しも認められない。その他記録を調べて見ても、被告人が中華民国人であるか又はその他の連合国人であるということを證明する資料がないのであるから、昭和二十一年六月十三日勅令第三百十一號第一條第一號の適用を受けないこと明かであって、なお、被告人の行爲は、同條第二號以下のいずれにもあたらないものである。而して、刑法第一條第一項は「本法ハ何人ヲ問ハス日本国内ニ於テ罪ヲ犯シタル者ニ之ヲ適用ス」と規定し、刑法の適用範圍が、日本国に国籍を有する者に限られていないのであるから、刑法を適用するにあたっては、被告人が日本国に国籍を有する者であることを積極的に證明する必要はないのである。以上の理由により、原審がその認定にかかる被告人の強盗の所爲に對し、刑法第二百三十六條第一項等を適用處斷したことは洵に正當であって、何等違法の點がない。よって論旨は理由がない。

(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)

よって、刑事訴訟法第四百四十六條により主文の通り判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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